漱石山房の概略

漱石が移り住む以前の漱石山房は、洋行帰りの三浦篤次郎という街医者の住居兼診療所として明治30年代に作られたものです。
敷地面積340坪、建物は7部屋と台所など構成された60坪の平屋和洋折衷建物で家族と住居で庭には大きな木が1本あったといわれています。
ちなみに書斎と客間2部屋は
洋風の縁側に面し、今見てもモダンな外観が伺える。
一番奥の10畳の書斎では執筆、その手前の8畳の客間では門下生たちとの交友を深めた「木曜会」のサロンとして使用し、それ以外を家族が使用していたといわれています。
書斎は元の診察室と思われ、板張りで漱石はその上に絨毯を敷き机、火鉢を置き本に囲まれ執筆している姿が、写真として伝えられている。
書斎を囲む、縁側の面影は漫画家 岡本一平(画家 岡本太郎の父)の「漱石先生之像」などで描かれていると共に、漱石自身の「文士の生活」や芥川竜之介の「漱石山房の秋」などでも紹介されている。
建物自体は関東大震災で被害を受け改装された後、
戦災により消失して、現在の漱石公園に当時の面影は全くありませんが、平成19年度に起工される改修工事においては洋風の縁側の一部などが復元される模様ですが、山房全体の復元には至っておりません。
ちなみに、机など書斎の一部は「神奈川近代文学館」に復元展示されている。

 

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