NPO法人 漱石山房 ホームページ
       
最新情報 はじめに 夏目漱石について 漱石山房について 活動紹介 リンク メール
漱石山房について
概要
所在地
漱石公園内の構造物
改修後の漱石公園
漱石山房年譜
参考文献
リンク

年譜


  
■ 存命期
M40/9/29 西片町より早稲田南町7番地の当地に転居
M40/11 荒井某、「坑夫」の素材を売り込みに来る
M40/12/20 夏目漱石、原稿用紙を特注
M41/7〜 「夢十夜」を起稿。7/25〜8/5まで朝日新聞に連載
M41/8/ 「三四郎」を起稿。9/〜12/まで朝日新聞に連載
M41/9/13 「吾輩は猫である」のモデルの名無し猫、物置のヘッツイの上にて死亡
M41/9/14 松根東洋城、鈴木三重吉、野上豊一郎、小宮豊隆らの知己宛に「猫の死亡通知葉書」を書く
M41/11/10 泥棒に入られ、大小合計十本の帯を盗まれる
M41/12/17 次男伸六、生まれる
M42/5/31 「それから」を起稿。6/27〜10/14まで朝日新聞に連載
M42/7/31 大学予備門時代の友人で満鉄総裁の「中村是公」、漱石を来訪
M43/2〜 「門」を起稿。3/1〜6/12まで朝日新聞に連載
M43/3/2 五女雛子、生まれる
M43/6/18 胃潰瘍の治療のため内幸町にあった長与胃腸病院に入院
M43/8/6 保養のため伊豆修善寺に向かう。現地で8/24、大量吐血し危篤に陥る
M44/2/26 帰京し再入院していた長与胃腸病院を退院
M44/4/11 博士号辞退問題で上田万年、芳賀矢市、二博士と文部省専門学務局長福原鐐二郎が来訪。結局物別れとなった
M44/4/12 午後3時から、前年夏の修善寺大患時の医師、森成麟造帰郷送別会を開く。漱石山房の前庭で記念写真を撮影
M44/11/29 五女雛子、急死
M44/12〜 「彼岸過迄」を起稿。同45/1/1〜4/29まで朝日新聞に連載
T 1/11/30  「行人」を起稿。12/〜同2/2/まで朝日新聞に連載。
途中胃潰瘍のため中断
T2/1〜 強度の神経衰弱再発
T2/〜5 胃潰瘍のため自宅で病臥。絵をたしなむ
T2/8/頃 岩波書店店主「岩波茂雄」、安倍能成に帯同して漱石を訪問。
求めに応じて「岩波書店」と大書きした看板を揮毫
T3/4/ 「心」を起稿。4/20〜8/11まで朝日新聞に連載
T3/6/1  北海道岩内郡岩内町大字鷹台町五十四番地から東京市牛込区早稲田南町七番地に転籍し、東京府平民に戻る
T3/9〜12 「胃神経症」を顕著に発症
T3/10/31  愛犬ヘクトーが死ぬ
T4/1 「硝子戸の中」を起稿。1/13〜2/23まで朝日新聞に連載
T4/6 「道草」を起稿。6/3〜9/14まで朝日新聞に連載
T5/5 「明暗」を起稿。5/26〜12/14まで朝日新聞に連載、188回で中断
T5/11/16 最後の木曜会。則天去私について話す
T5/11/22 机上の原稿紙に189と「明暗」の回数を記して苦悶中、大内出血起きる
T5/11/27 病状急変
T5/12/9 夏目金之助(漱石)、死去

■ 漱石没後
T6/1/9 第1回九日会(漱石の命日を記念する門人会)
T7 ・遺族土地及び建物を退職金2万円で購入
・ 長女筆子と門下生の松岡譲が結婚、同居するにあたり大改造が必要になり、書斎、応接間、廊下を母屋から切り離して独立家屋にして保存、母屋を建て替える
T10 遺族猫の13回忌に、自然石を重ねた多層塔、初代俗称「猫塚」を建てる 
T12/9/1 関東大震災で一部損傷

  ・門下生で長女筆子の夫の松岡譲、関東大震災をきっかけに建物や蔵書、資料などの恒久的な保存を考える。田園調布の開発者の渋沢秀雄から移築の話が出され、松岡譲と漱石未亡人夏目鏡子、田園調布に下検分に行く
・松岡譲、門下生で保存会のような財団を作るべく門下生を早稲田に集めるが、山房永久保存の話が進まず、長老格の寺田寅彦も消極的だった。ひと月後再度開催したが埒があらず、鏡子未亡人が怒り出して話が流れる
T13 長女筆子と松岡譲の次女、松岡陽子マックレイン、当地で生まれる
S16

松岡譲、漱石山房を小石川植物園か井の頭公園あたりに移築保存することを門下生の久米正雄に相談.. 久米正雄、岩波書店に話を持ち込むが、当時岩波書店と夏目家が微妙な関係ではっきりした返事が無く、すっかりやる気を無くす

S18 漱石の旧蔵書、日記・ノート・試験問題・原稿等の自筆資料、その他漱石関係資料等の所謂「漱石文庫」、漱石の愛弟子で当時の東北大学附属図書館長の小宮豊隆の尽力で東北大学へ譲渡されることになる
S19/3 「漱石文庫」、東北大学へ搬入完了
※東北大學付属図書館に所蔵されている漱石文庫にはS19/2/25付け納入印が記載された蔵書で多数確認された。

S20/5/25

東京大空襲で「漱石山房」を含む夏目邸全焼

■ 戦 後
  「漱石山房」を含む夏目邸跡地、東京都に譲渡され、都営アパートが建つ(現在、新宿区に移管)
S28/12/9 新宿区により三代目「猫塚」が修復再建される(現存の物)
S41/2/9 新宿区主催の生誕100年祭で「生誕の地碑」建立(碑文は漱石の弟子安倍能成の筆)
S51/3/31 新宿区、区立漱石公園開設
H3/3 新宿区、区立漱石公園内に富永直樹作の「夏目漱石の胸像」落成
H17/5/18 朝日新聞で、「漱石山房」復元へ、サロンの雰囲気再び」と報道される
H17/10/15 新宿区、区発行の広報紙で、19年度にリニューアル整備予定の区立漱石公園の区民プランナーを募集
H17/11/5 新宿区、榎町地域センターにて第1回ワークショップ実施、リニューアル内容や管理・運営方法など話し合う。
H19/7 漱石公園改修工事起工
H20/2/9 漱石公園竣工
Copyright 2007-2008 sousekisanbou All rights reserved