NPO法人 漱石山房 ホームページ
       
最新情報 はじめに 夏目漱石について 漱石山房について 活動紹介 リンク メール
夏目漱石について
漱石年譜
初版書籍紹介
「木曜会」とは
漱石相関図
漱石の縁(えにし)
漱石の嗜好
参考文献
リンク
■ 木曜会とは ■

教職時代より人の面倒をよくみた漱石には、本郷駒込西片町に住んでいた明治39年10月11日から漱石を慕っていた、後に日本文学界を代表し「漱石山脈」と称される門下生や文士仲間が13,4人が訪れた事に始まる 。
当初は子規庵における「山会」やその後の「文章会」なの流れをくんだもの。
名称の由来は、多くの門下生が漱石宅を入れ替わり訪れ仕事がはかどらないので、門下生の一人である鈴木三重吉が漱石の創作活動を憂い「木曜日の午後三時からを面会日と定候」と取り決められた事から「木曜会」と称されるようになったという。
会合初日の翌日にはそれを知らず訪れた来訪者には、玄関の格子戸の上に「木曜日三時からを面会日に致す・・・」との赤唐紙の張札を張り出し、来訪者に認知させた。
「木曜会」の参加者には、作家志望者や東京大学在学当時や松山、熊本時代の教え子たちの小宮豊隆、寺田寅彦、鈴木三重吉、森田草平、阿部次郎や菊池寛、芥川龍之介、久米正雄らが参加し、親交や文学談義を深めたサロンといえ。
ちなみに、同時期を代表する文士である鴎外、志賀直哉、泉鏡花などにも同様なサロンが形成される傾向が強かった。
大正5年11月頃の木曜会会合では、吐血し九死に一命を得た事で境地を開いたといわれている”エゴを超越して、自然の叡智に従って生きる”という「則天去私」を門下生たちに理想として掲げた。;
最後の「木曜会」は、死去する2週間前の11月16日に開かれ、森田草平、安倍能成、芥川龍之介、久米正雄、松岡譲らが出席した。

- 主な木曜会参加者 -

森鴎外 小説家、軍人、俳人
鈴木三重吉 小説家・児童文学者
小宮豊隆 独文学者、文芸評論家、演劇評論家
寺田寅彦 物理学者、随筆家、俳人
阿部次郎 哲学者、美学者、作家
森田草平 作家・翻訳家
安倍能成 学習院院長
芥川龍之介 小説家
久米正雄 小説家、劇作家
松岡譲 小説家
菊池寛 小説家、劇作家、ジャーナリスト
中川芳太郎  
野上豊一郎 英文学者
武者小路実篤 小説家
内田百フ 小説家、随筆家
井本健作 小説家
長與善郎 作家、劇作家、評論家
有島武郎 小説家

サロン:パトロンの芸術活動の各、母胎となる交流の場で木曜会の場合は夏目漱石が若手のパトロンと言える

Copyright 2007-2010 sousekisanbou All rights reserved